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カズヤ
カズヤ
その昔、某銃器専門月刊誌のライターと、某エアガン専門店での開発、販売を兼務。その後、某出版社に誘われ、エアガン関連ムックの編集に携わる。さらに後、某エアガンメーカーに誘われて入社と、80から90年代にかけて、エアガン業界にどっぷりつかった人生を送るが、ある理由により業界から撤退。
そして2012年、再び鉄砲業界に返り咲き、Gunsmith BATONに入社。充実した日々を過ごす中、2014年には人生初の渡米を果たし、憧れのイチローさんの下で、夢だった実弾射撃をついに体験! もはやこの人生に一片の悔いも無い、52歳の初老ガンマニア。

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Posted by ミリタリーブログ at

2014年04月22日

プラチナカップ30周年企画 その1

昨日行われた葉隠予備校をレポートする前に、
あるシューティングマッチの企画についてのお知らせを書かせていただきます。



上は、皆様ご存知コンバットマガジンの1985年4月号の表紙です。
この、同年2月末に発売された古~い雑誌に、こんな記事が掲載されていました。



第2回プラチナカップと題されたこの記事は、
1985年1月6日に、東小金井駅からほど近い空き地で開催された、
エアーガンによる小規模なシューティングマッチのレポートで、
その現場には、当時19歳だった私がスタッフとして参加しておりました。

このあたりの話しは2012年の1月に当ブログの記事、
“エアガンシューティングとの因縁 その1”の中で詳しく語っておりますので、
興味をお持ちくださった方は是非ともご覧いただきたいのですが、
この手作りのシューティングマッチ “プラチナカップ”が、
1984年に後楽園の展示場で開催された第1回大会から見ると、
今年は30周年ということになるわけなのですね。

ちなみに、肝心の第1回大会の記事をご紹介していないのは、
掲載紙が手元にないことと、私がまったく関わっていなかったことが理由なのですが(汗)
どなたかお持ちの方がいらしたら、記事ページをデジカメで撮って
お送りいただけましたら大変にうれしゅうございますです。

そのプラチナカップは、第3回、4回を後楽園展示場で開催した後、
1986年の10月から、埼京線北赤羽駅近くの、荒川の土手に場所を写し、
毎月第2日曜日(雨天の場合翌週に繰越)の月例開催となりました。



上はコンバットマガジン1986年11月号に掲載された告知ページですが、
ご覧のモニターで文章の内容が判読していただけるでしょうか。



荒川の土手の一角で開かれた小さなシューティングマッチ、プラチナカップは、
当時生まれたばかりのエアガンシューティングを末永く根付かせるためにと、
機材、賞品等すべてが主催者の持ち出し、ボランティアスタッフによるROという、
そんなことで続けられるものなのかと、疑いたくなる状態で見切り発車しました。

しかし、マッチ運営に協力を申し出てくれた有志の方々や、
シューティングを愛する参加者の皆さんの力によって、
細々とながら順調に回を重ねて行ったのです。



上は、月例化1回目の、第5回プラチナカップの成功を報告した、1987年1月号の記事。
土手の斜面にぎっしりと座っている参加者の数には、今更ながら驚きますね。
この第5回大会の第1位を獲得したコバヤシ コウゾウさんといえば、
国内屈指のビッグマッチ、ジャパンスティールチャレンジを主催する方ではありませんか。

記事中にも書いてあるように、屋外の広々とした場所で開催されたマッチは
実にのどかな雰囲気で進み、当時シューティングに関わるすべてを拒絶していた
私、出二夢カズヤも、これなら手伝ってもいいかな・・・と思ったものでした。

同じ場所で毎月開催されることで、参加するシューター同士の交流も深まり、
2014年の現在、各地で様々なマッチを主催、もしくは選手として活躍されている
有名シューターの方々の中には、プラチナカップ出身者も少なくないことでしょう。

さて、そんなプラチナカップの運営に、第2回大会から深く関わっていた私、
2011年から始めたエアガンシューティングにのめりこんでいくうちに、
当時は義務感から手伝っていただけだったあのマッチの存在意義の大きさに、
今更ながらに気付いてしまったわけでして(鈍いことですなー/汗)。
昨年の春頃、2014年がアニバーサリーイヤーであることに気が付き、
なんとかして記念イベントを出来ないものかと、密かに企み始めたのです。



そして昨年の7月、ご存知ぶわかもの組を引率してくれたテツヤ君と、
イチローさんのブログでお馴染み、ジョッシュことタカヒロさんという、
プラチナカップ創立メンバーである重要な二人との約二十年ぶりの再会を果たした時
新宿某所の居酒屋の一室で、プラチナカップ復活企画を話したところ、
よし、やろう! と、一瞬の迷いもなく意見が一致しました。

しかし、会場をどこにするか、どうやって確保するかは、この時点ではまったくのノープラン。
どうせなら当時の会場である北赤羽に近いところで開催したいとは思ったものの、
あの土地を管理しているのはどこなのか、荒川河川管理事務所に問い合わせて、
イベント申請をすれば何とかなるだろうかと、頭を悩ませていたのです。

そんな折も折、先月16日に、当時の会場から程近い戸田公園駅のすぐ側に、
Blue Targetというインドアシューティングレンジがオープンしたというではありませんか!

※Blue Targetさんの詳細は石井名人ブログで紹介されています。



上は先日、相棒のイダッチと二人でBlue Targetさんに見学にお邪魔した際の画像ですが、
2階の奥、Mレンジの、24×6メートルという広大なスペースに大興奮!!



新宿駅から埼京線で20分、戸田公園駅から歩いて10分という立地の良さも文句無しです。

この時は既に石井名人がお話を通してくださった後だったのですが、
今年、こちらで、プラチナカップをやらせてくださいと、
Blue Targetの海瀬店長に改めてお願いし、ご快諾をいただいて参りました。

というわけで、開催を決定しました!

プラチナカップ30thアニバーサリー
会場:Blue Target
開催日時:2014年吉日

このイベントの幹事役を私、出二夢カズヤと水谷テツヤが務めますが、
当然のことながら、この二人だけでは開催することが出来ません。
既に石井名人には協力のお申し出をいただいておりますが、
特に、当時あの土手に集まっていた皆様のお力添えを、是非ともお願いしたいのです。

まずは開催の日程について、皆様のご意見を募集したいと思います。
今や毎月のように何らかのマッチが開催されている現状、
いつ、どのタイミングで開催すれば、より多くの方に参加していただけるのか、
具体的なアイディアやご希望を、コメント欄にてお聞かせいただきたいのです。

当時あの場所にいらしていた方々の、自由な書き込み等も大歓迎ですので、
この企画に賛同してくださる方は、ひと言だけでもコメントいただければ幸いです。

当時のプラチナカップ実行委員会メンバーとして、
皆様のお力添えを、何卒よろしくお願いいたします!!


 ※30年前に作られた名刺です。
  

Posted by カズヤ at 03:17Comments(14)シューティングマッチ