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カズヤ
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その昔、某銃器専門月刊誌のライターと、某エアガン専門店での開発、販売を兼務。その後、某出版社に誘われ、エアガン関連ムックの編集に携わる。さらに後、某エアガンメーカーに誘われて入社と、80から90年代にかけて、エアガン業界にどっぷりつかった人生を送るが、ある理由により業界から撤退。
そして2012年、再び鉄砲業界に返り咲き、Gunsmith BATONに入社。充実した日々を過ごす中、2014年には人生初の渡米を果たし、憧れのイチローさんの下で、夢だった実弾射撃をついに体験! もはやこの人生に一片の悔いも無い、52歳の初老ガンマニア。

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2012年01月21日

エアガンシューティングとの因縁 その8

さて、さっそく前回の続きを進めましょう。
やはり当時の写真は一切無いので、
私のハイキャパの画像を交えてお届けいたします。



第4回プラチナカップ当日の朝になって
いきなり責任者をまかされた当時の私が、
どのようにしてイベントを仕切ったものか。

全体的な流れについてはほとんど記憶が無いのですが、
断片的な光景は今でも脳裏に焼きついています。


 練習中にリアサイトのアクリル棒が吹っ飛びました

最近よくコメントを残してくれている
あの時のスタッフの一員だったT2氏も、
個人的なメッセージのやりとりの中で
「当時の記憶がほとんど無い」と述懐していますが、
それもむべなるかな。

個人の処理能力の限界を遥かに超えた様々な事態が
スタッフ各人に強烈に圧し掛かっていたあの状況では、
目の前のマッチの進行をひたすらこなすこと以外に、
出来ることが何ひとつ無かったのです。


 修復ついでにフリーダム・アート製フラッシュフロントサイトのアクリルも外します

何しろ続々と押し寄せる出場希望者と、
企業ブースとマッチ見物が目的の来客が、
何時になっても止まる気配すら無く、
決して狭くは無い後楽園ホールのフロアーが
文字通り立錐の余地も無い状態になっていました。

また、複数エントリーを可能としたことが災いし、
各ステージ間の連携も取れていなかったため、
シューターの撃つ順番が重なったり、
逆にいつまで待っても順番が回って来なかったりと、
マッチの進行は大混乱。


 フリーダム・アート製の集光アクリル 全色取り揃えております(笑)

かてて加えて、完全にキャパシティオーバーのため
これ以上のエントリー受付は不可能という判断から、
マッチを行っていた6階フロアーへの
一時的入場禁止措置を採ったことが
さらなる混乱を招きます。

不承不承ながら黙って帰る方もいたものの、
ほとんどの方は入場再開を待って、
ホールの廊下や内階段に座り込んでいました。

それだけならまだしも、
開場に持ち込んだエアガンをその場で取り出し、
中には廊下で試射を始める輩も出たりと、
事態は最悪の方向へと加速して行きます。


 リアサイト側はグリーンに変更

さらには、入場を止められた来客の苦情の数々。

「何時間かけて来たと思ってるんだ!」

「責任者は誰だ! お前じゃ話しにならん!」

怒鳴りつけられた若いスタッフ
(私だって当時は20歳です)が、
涙目になって私に泣きついて来るものの、
泣きたいのはこちらも同じです。

「俺を誰だと思ってるんだ!?」

などと言う方もいらっしゃいましたね。
確かにある意味有名な方でしたが・・


 見てくれは今ひとつですが、効果は抜群

来客側の立場になってみれば、
午後になってからゆっくり行けば、
ある程度は人も落ち着いているだろうと、
そう判断するのはごく当たり前のことですよね。

冷静になった今ではそのように考えることも出来ますが、
あの時の私にそんな心の余裕は微塵もありませんでした。


 フロントサイトのアクリルは赤にしてみました

書いていてどんどん鬱になって来ますが、
知られざる第4回プラチナカップの舞台裏。
次回完結の予定です。





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この記事へのコメント
当時の記事に

「あまりのシューターの数に会場が飽和状態となったプラチナカップ」

というキャプションが付けられた写真がありました。

確か写っていたのは、出場を待ちかねるシューターの方とマイクで呼び掛けるカズヤさんだったような…

私も現在シューティング大会の運営をしており、こちらのブログ記事を楽しく懐かしく拝見させて頂いております。

「プラチナカップ」で育ったシューター達が現在の国内シューティング大会運営の中核をなしており
「伝統」を受け継いでいるのは紛れもない事実だと考えています。

これからもこの趣味(スポーツ?)を継続していけますように若い世代を育成していく事が私達の使命と考えております。

今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by おしょうさん at 2012年01月22日 05:03
おしょうさん様

はじめまして!
ご丁寧なコメント、まことにありがとうございます。

最近はじめたmixiの方でお名前をお見かけした記憶があったので、
ちょっと検索してみたのですが、
あのJANPSを主催されている方なのですね。
さぞやご苦労も多いこととお察しいたします。

マイクで呼びかける私の写真・・・
そんな記事があったとは知りませんでした。

コンバットマガジンでは無いと思うのですが、
その後のGun誌あたりだったのでしょうかね。

あれから二十数年経った今、シューティング業界に
懐かしい顔ぶれが並んでいるのを、
何か不思議な気持ちで眺めております。

みんな立派になって・・というのも何ですが(笑)
今後は隠居のような立場で、
エアガンシューティングを楽しんで行くつもりです。

いずれJANPSにも参戦したいと思いますので、
こちらこそ今後とも何卒よろしくお願いいたします。
Posted by 出二夢カズヤ(でにむかずや)出二夢カズヤ(でにむかずや) at 2012年01月22日 13:12
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