アクセスカウンタ
プロフィール
カズヤ
カズヤ
その昔、某銃器専門月刊誌のライターと、某エアガン専門店での開発、販売を兼務。その後、某出版社に誘われ、エアガン関連ムックの編集に携わる。さらに後、某エアガンメーカーに誘われて入社と、80から90年代にかけて、エアガン業界にどっぷりつかった人生を送るが、ある理由により業界から撤退。
そして2012年、再び鉄砲業界に返り咲き、Gunsmith BATONに入社。充実した日々を過ごす中、2014年には人生初の渡米を果たし、憧れのイチローさんの下で、夢だった実弾射撃をついに体験! もはやこの人生に一片の悔いも無い、52歳の初老ガンマニア。

読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 25人
QRコード
QRCODE

2012年01月13日

エアガンシューティングとの因縁 その3

本題に入る前にお詫びと訂正をさせていただきます。

前回記事の内容に、事実と異なる部分がありました。
つまりは私の記憶違いなのですが、
シューティングマッチが嫌いになったきっかけは、
第3回プラチナカップではありませんでした。

この大会はぐだぐだな進行ながら、
さほどの混乱もなく終了していましたね。
入場制限をかけたというのも間違いでした。

実は前回の文章を書きながらも、
コンバットマガジン記事中写真のスタッフの服装が、
私の記憶の中のそれと異なっていたのが
どうにもひっかかっていたのです。

エアガンシューティングとの因縁 その3

そこで急遽実家に飛びまして(電車で2時間の距離ですが)、
家中ひっくり返して当時のCM誌を掘り出し、
記憶と事実の照合作業を行いました。

その結果、記憶から完全に抜け落ちていた事実が判明。

エアガンシューティングとの因縁 その3

上画像が表紙のコンバットマガジン1986年5月号に、
第4回プラチナカップの開催告知を発見。

エアガンシューティングとの因縁 その3

開催日時は昭和61年(1986年)4月13日。
開催場所は後楽園ホール5、6Fとなっていますね。

エアガンシューティングとの因縁 その3

これを見たことで、
失われていた記憶がまざまざと蘇って来ました。

第3回プラチナカップの成功を受け、
本格的なイベントとして企画されたこの第4回大会は、
2フロアを借り切っての開催となり、
そのことがあの忌まわしい思い出に繋がるのでした。

さて、この告知記事の載った号は見つかったのですが、
肝心の大会レポートが掲載されているであろう
同年7~9月あたりのCM誌が、どういうわけか
どこをいくら探しても出てこないのです。

まるでその歴史を掘り起こされることを
拒否しているかのように・・・
というのはちと大げさに過ぎますが(笑)
曖昧な記憶に頼って、さらなる間違いを繰り返すのは
さすがに避けたいところ。

幸いネットで見つけた古本屋さんで
抜け落ちていたあたりのCM誌が売られており、
さっそく注文しましたので、それらが手元に届くまで
話しの続きは少々お待ちいただきたいと思います。

思わせぶりに引っ張っておきながら、
大変申し訳ない限りです・・・(汗)

代わりと言っては何ですが、
私、出二夢カズヤがコンバットマガジンに
初めて顔を出した記事をご紹介いたします。

エアガンシューティングとの因縁 その3

1985年1月号。
実際には1984年の11月末に発売されたものですね。

エアガンシューティングとの因縁 その3

この号のエアソフトガンテストレポートなのですが、
奇しくもミニウージーの記事なんですね。
やっぱりUZIとは何かの縁があるのでしょうか(笑)

エアガンシューティングとの因縁 その3

この頃、当時CM誌の編集長だったフレッド氏が中心となり、
サバイバルゲームを日本で普及させるための
強烈なプロモーション活動が展開されていました。

ちょっと信じられない話かもしれませんが、
かの有名な芸能スクープ誌「FRIDAY」の創刊準備号に
サバイバルゲーム日本上陸なる記事が掲載されたのを始め、
民放各局のワイドショーやニュース番組で、
サバイバルゲームを紹介するフィルムが
立て続けに放映されたのです。

そのプロモーション活動のひとつとして、
あの「タモリ倶楽部」で2週にも渡り、
実際のゲームの様子も含めた映像が
たっぷり紹介されました。

エアガンシューティングとの因縁 その3

いやぁ、タモさんが若いですな!

この号の記事はその時に撮影された写真を使って
構成されたものなのですが、
当時予備校生だった私もその場に呼ばれていたため、
ちゃっかり誌面に写っていたという次第です。

エアガンシューティングとの因縁 その3

写真後列中央が当時の私ですね。
マルゼン製KG-9のポンプアクションカスタム、
通称「浪人スペシャル」を愛用していました。

この日のロケバスの中でK氏と意気投合し、
彼のアパートに出入りするようになったことから、
鉄砲業界にどっぷりハマリ込むことになります。

そしてK氏と行動をともにする中で、
シューティングマッチとの因縁に
否応無く巻き込まれて行くのですが、
この頃の私はそれを知る由もありませんでした・・・

といったところで、今回はここまで。
ちょっと趣旨から外れましたが、
お楽しみいただけたでしょうか。

ちなみに、実家に帰るついでに
赤羽射撃場に立ち寄りまして、
ガラスチューブ仕様のマルシン電動UZIの
命中精度テストもバッチリ行って来ました。

エアガンシューティングとの因縁 その3

こちらも記事も忘れたわけではありませんので、
UZIファンの皆様は楽しみにお待ちくださいませ。



同じカテゴリー(シューティングマッチ)の記事画像
カシオペアプレート仮設置とルール改定
プラチナカップ記念バッジのデザイン決定
プラチナカップ30周年企画 その2 開催告知
プラチナカップ30周年企画 その1
出二夢カズヤのJANPS2013参戦記 その2 プラクティコゥ
出二夢カズヤのJANPS2013参戦記 その1
同じカテゴリー(シューティングマッチ)の記事
 カシオペアプレート仮設置とルール改定 (2014-09-04 01:10)
 プラチナカップ記念バッジのデザイン決定 (2014-08-30 23:28)
 プラチナカップ30周年企画 その2 開催告知 (2014-08-22 00:31)
 プラチナカップ30周年企画 その1 (2014-04-22 03:17)
 出二夢カズヤのJANPS2013参戦記 その2 プラクティコゥ (2013-11-13 03:25)
 出二夢カズヤのJANPS2013参戦記 その1 (2013-11-12 04:39)
この記事へのコメント
あはは、焦らせるねぇ。

ところでサバゲ初期の話しも面白いねぇ。マルゼンKG9のポンプアクションは大ヒットしたね。
Posted by TKUN at 2012年01月14日 05:25
Tkun様

いやぁまったく申し訳ない(汗)

サバゲ初期の話しはちょっと趣旨から外れるけど、
需要があるようなら書いてみようかね。

当時の写真も実家から掘り出して来るか・・
Posted by 出二夢カズヤ(でにむかずや)出二夢カズヤ(でにむかずや) at 2012年01月14日 11:35
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。